半田市・刈谷市・名古屋市でフルートアンサンブル&フルート教室

愛知県半田市、刈谷市、名古屋市でフルートアンサンブルやってます。https://www.furutoanio-music.com

​【フルートアンサンブル&教室 近況報告🎵】


​活動を開始してから、もうすぐで丸2年になります。
新しい出会いもあり、別れもありました。
今では皆さんの時間も場所も日にちもレベルもバラバラなので、それぞれ個人レッスンを行っています。大体1回2時間ぐらいですね。
それにしても、フルートで忙しい時間を過ごせるのはとても幸せなことです。新たに豊田市での活動も増え、11月頃からは豊明市でもメンバーさんが増える予定です。
​各拠点で、もう少し人数が集まればそれらしいアンサンブルもできるのかな、なんて考えています。
いつか各々のレベルが「自称プロ」を名乗れるくらいになり、大いなる発展を遂げることを夢見て頑張っています。
​さて、フルートの先生選びってとても大切ですよね。特に高い月謝を払って行くならなおさらです。
YouTubeなどで演奏を聴いて「あっ、この人に習いたい!」と思ってから門を叩くのが理想ですが、中にはご自身の演奏を公にされていない方も多いですよね。
​どこの音楽大学を出たかという学歴が通用するのは30歳ぐらいまでで、一番重要なのは「今、何ができるか」だと思っています。
その上であえてはっきりお話ししますが、これまで色々なケースを見てきて率直に感じるのは、数十年前からいわゆるFランクと呼ばれている大学出身の先生方(自称プロ)の中には、言葉は悪いですが「地雷」というか……技術や指導法がアップデートされていない方が少なからずいるということです。
​ついでにそういった大学の講師についても触れておきます。
もうだいぶ昔の話で今はないのでしょうけれど、「大した実績がないのになんとなくコネで講師になれちゃった」なんて噂を聞いたこともありますし、実際に私も「もしかしてこの人も…?」と疑問に思う方を見たことがあります。
(もちろん、そんな人はごくごく一部で、多くの先生方が熱心で立派な指導をされていることは大前提です!)
​ですので、もしその先生の演奏を直接聴く機会がないのであれば、出身大学などのプロフィールを見て先生を選ぶのも、時間とお金を無駄にしない(地雷を踏む確率を下げる)ための立派な自衛手段だと思います。
​もう何年も習っているのに低音が当たらなかったり、高音が苦手だったりしたら、それはあなたの才能のせいではなく、もしかしたら先生の指導法が良くないのかもしれません。理由は上記に述べた通りです。
​もし、「周りに良い先生がいない」「ずっと同じことで悩んでいる」ということであれば、私はアマチュアですが、1度遊びに来てください。
うちはすべて無料でやっていますし、高校などへの出張指導も無料で行きますよ。
もしかしたら、現状を打破する何かヒントをあげられるかもしれません。

2年目のフルート教室。8月の新しい仲間と、地道な音づくり

8月に入り、私たちの活動にまた新しい仲間が加わってくれました。
​教室・アンサンブルを発足して、現在2年目。
正直なところ、最初から抜群に上手なメンバーが集まっているわけではありません。ですが、私にはひとつだけ譲れない想いがあります。
​それは、「ただ楽しいだけで、演奏がめちゃくちゃな場にはしたくない」 ということです。
​せっかくご縁があって集まってくださったからこそ、アンサンブルの本当の心地よさや、綺麗な音が重なる瞬間の感動を味わってほしい。そのためには、やはり基礎が欠かせません。集まってくださった皆さんの演奏を見て、「これは1から丁寧にフルートをお伝えしていこう」と決め、無料のレッスンという形で活動を続けてきました。
​もちろん、音楽に対する熱量や目指す方向性は人それぞれです。考え方の違いから別々の道を選んだ方もいらっしゃいますし、現在残ってくださっているメンバーはそれぞれの拠点で3人。住む場所も練習ペースも異なるため、今は一人ひとりのレベルに合わせた個別レッスンを行っています。
​基礎を1から積み上げていく作業は、本当に時間がかかります。
ですが最近、やっとお一人のメンバーが「簡単なアンサンブルなら、一緒に人前で演奏しても恥ずかしくないかな」と思えるところまで音がまとまってきました。
​その成長を間近で見られる瞬間は、何物にも代えがたい喜びです。
派手なスピード感はありませんが、音と真摯に向き合いながら、とても楽しく充実した日々を送っています。
​少しずつ、でも確実に。これからも仲間と一緒に良い響きを育てていきたいと思います。

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SNSや動画で見かける「全国から仲間が集まってアンサンブル!」というキラキラした光景。素敵に見えますが、参加してみたら数万円の費用を請求された……なんて話、実は珍しくありません。
​最初から「ビジネスです」と明示しているならまだしも、ボランティアや純粋な交流を装って「感動」や「絆」を売り物にするのは、ただの「不透明な集金システム」です。

​笑顔で語る「私たちはカモです」宣言

​イベントの最後、決まって投稿されるのが、参加者全員が凛々しく映った集合写真です。スポットライトを浴びて誇らしげなその笑顔。ですが、主催者からすれば、それは「次なるカモ」を呼び寄せるための格好の広告素材に過ぎません。
​高い参加費を自分で払い、さらに相手の商売を助けるための「宣伝マン」まで無料で引き受けている。客観的に見れば、その満面の笑みは「私たちは騙されています!」と看板を掲げているようなもの。あまりに無防備で、もはや滑稽ですらあります。
​黄金の楽器が照らし出す「知性の空洞」
​さらに皮肉なのが、写真に写る人々の手元です。その半数以上が、数百万円もするようなゴールド(金製)の楽器を手にしています。
​最高級の楽器を買う財力はあるのに、目の前の搾取構造を見抜く知性はない。主催者にとって、皆さんの高級楽器はイベントに箔を付けるための「便利な小道具」でしかないのです。黄金に輝く楽器が、皮肉にも「いいカモ」としての属性をこれ以上ないほど鮮明にライトアップしてしまっています。
​違和感という名の「アラート」f:id:furutoanio:20260421230021j:image

 


​「なんか、ビジネスのにおいがするな」
もしそう感じたら、その直感はたいてい正解です。
​誰かの財布を潤すための「笑顔のパーツ」として消費されるのは、もうやめませんか? あなたの情熱と、その手に持つ素晴らしい楽器は、もっと誠実で、対等な敬意がある場所でこそ輝かせるべきなのです

月謝の代わりに私が受け取っているもの

​私はフルートを無料で教えている。だが、勘違いしないでほしいのは、無料だからといって「優しい」わけでは断じてないということだ。対価をいただかないからこそ、私は音楽に対して一切の妥協をしない。指導は時に苛烈を極める。

​当然、一度のレッスンで来なくなる人も多い。それでいい。私の教室は、その場限りの「楽しい気分」を味わうレジャー施設ではないからだ。生徒を喜ばせるためのお世辞も一切言わない。もし「お客様」として扱われ、手厚くもてなされたいなら、高い月謝を払って大手の教室へ行けばいい。

​一方で、そんな私の言葉に泥臭く食らいついてくる生徒もいる。

出会った頃は腹圧もなく、リズム感もバラバラ。私は毎度、けちょんけちょんに指導した。自分でも「よく辞めないな」と半ば呆れるほどだったが、その生徒は「無料」という最大の逃げ道を使わずに通い続けた。お世辞という虚飾を剥ぎ取られ、自分の無力さを突きつけられる苦痛に耐え抜いたのだ。

​そして最近、その生徒が驚くほど伸びた。

プロの視点ではまだまだだが、かつての弱々しい音は消え、そこには確かに「自分の意思」で鳴らす音楽が宿り始めている。その変化を目の当たりにした瞬間、私は震えるような喜びを感じた。

​「ああ、これが見たかったんだ」

​お世辞で塗り固めた偽りの上達ではなく、厳しい指導の果てに掴み取った本物の変化。人が音楽を通じて変わる瞬間に立ち会えること。それこそが私にとっての唯一の「報酬」であり、私が無償で教え続ける理由だ。

​去る者は追わない。私はこれからも、本気で音楽と向き合う覚悟のある者のために、この場所を守り続ける。

黄金のフルートと音楽の本質:結局、材質は誰のためにあるのか

近年、歴史的な金価格の高騰が続いています。それに伴い、ゴールドフルートの価格も跳ね上がり、若手や中堅の演奏家にとって、もはや「頑張れば手が届く憧れ」とは言い難い、非現実的な価格帯になりつつあります。

​では、ゴールドフルートを持っていなければ第一線で活躍できないのでしょうか。答えは明確に「否」です。

​現実を見渡せば、何百万円もするゴールドを持たずとも、オーケストラのエキストラとして第一線で呼ばれ、立派に活躍している奏者は数多くいます。それどころか、厳しいオーディションを勝ち抜いたオーケストラの正規団員や、世界に名を轟かせるトップクラスのフルート奏者の中にも、好んで「総銀製」のフルートを愛用している人は少なくありません。また、木製のフルートをメイン楽器として吹きこなすプロフェッショナルも存在します。

​「高価な材質の楽器を持てばプロになれる」というわけではないのです。

​もちろん、吹いている本人にとって、材質の違いは非常に大きな意味を持ちます。息を入れたときの抵抗感、音の立ち上がりのニュアンス、手元で鳴る響きの密度など、奏者はその違いを直接「体感」しています。

​しかし、ホールで聴いている聴衆や、指揮台に立つ指揮者にとってはどうでしょうか。

​実は、純粋な「音色」として空間に放たれ、客席に届いたとき、それが何の材質でできている楽器なのかを正確に聴き分けられる人は、ほとんどいないと言っても過言ではありません。

​つまり、極論を言ってしまえば、聴衆や指揮者にとって「楽器の材質など関係ない」のです。

​人の心を打つのは、手にしている金属の市場価値ではありません。奏者が途方もない時間をかけて積み重ねてきた技術と、息に乗せて放たれる音楽性そのものです。管体が何でできていようと、素晴らしい奏者が命を吹き込めば、それは極上の音楽としてホールを満たします。私たちが本当に耳を傾け、心動かされているのは、楽器の材質ではなく、奏者自身が紡ぎ出す「音楽」そのものなのです。

​「ゴールドを持てばよりハイグレードな音が出せる」「金だから無条件に優れている」と信じ込んで高いお金を払って買ってしまったアマチュア(または自称プロ)の皆さん、ご愁傷様です。

​とはいえ、退職金をはたいて何千万円もするようなフルートを買ったり、普通に働きながら高価な楽器を買い求める熱心なアマチュア層がいることも確かです。そして実のところ、そういった方々の多額の投資という形によって、現在の楽器業界の経済が潤い、支えられているのもまた紛れもない事実なのでしょう。なんとも皮肉というか、どう表現していいかわからない複雑な話ではありますが。

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フルートという、孤独で気高き修練

フルートを構えるとき、私たちは自分自身と向き合っています。あの銀色の細い管は、奏者の呼吸、体調、そして心の在りようをそのまま音色として映し出す「鏡」です。

​「趣味だから」という甘い罠

​稽古事は自分との戦いですが、そこで一番厄介な敵は**「これは趣味だから」という言い訳**です。

「趣味だから、そこまで苦労しなくてもいい」「趣味だから、練習できなくても仕方ない」。そう口にした瞬間、成長の扉は閉ざされてしまいます。

​当然のことですが、練習をしなければ上達はしません。そして、必死に練習したところで、プロになれるのはほんの一握りです。あなたがどれほど上達したとしても、誰かが得をするわけでも、社会が劇的に変わるわけでもありません。

​では、なぜ吹くのか。それは、他人のためではなく、自分自身を磨き上げるために他なりません。

​「空いた時間は、フルートを」

​「始めるのが遅すぎた」といった言葉も、結局は自分を納得させるための逃げ道に過ぎません。成長できるかどうかを決めるのは、環境でも年齢でもなく、あなたの意志の強さだけです。

​私が共に音楽を紡ぎたいと思うのは、そんな言い訳を捨て去り、**「さあ、時間が空いた。フルートを吹こう」**と、吸い寄せられるように楽器を手に取る人です。練習の辛さを「趣味」という言葉で濁さず、自分を高めるプロセスそのものを楽しめる人。そんな純粋な渇望を持つ人にこそ、フルートの真の輝きは宿ります。

​共に磨き合う場所

​フルートを磨くことは、心を磨くこと。そのストイックな時間の積み重ねが、演奏技術を超えて、自分自身の生き方に凛とした強さを与えてくれます。

​私は、こうした真摯な想いを持つ方々のために、フルート教室を無料で開放しています。

​「もっと、いい音になりたい」という熱意に、損得勘定や言い訳は不要です。ただ一筋の美しい音を追い求め、自分という人間を磨き上げたい。そんな志を持つ方と、この場所で切磋琢磨できることを願っています。

​成長の限界を決めるのは、いつだって自分自身なのですから。

「無料」という名の、私たちの挑戦状。

​​「無料なんて怪しい。宗教の勧誘かと思った(笑)」

4月で活動1周年を迎える私たちの教室で、最近入られた生徒さんがこっそり教えてくれた本音です。

​確かに、今の時代「タダより高いものはない」と言われます。しかし、私たちが半田市、刈谷市、名古屋市の公民館で「無料指導」を貫いているのには、笑い話では済ませられない、少しばかり**「毒のある本音」**が隠れています。

​■「教える対価」とは何か? 私たちが憤る音楽教育の現状

​街を見渡せば、多くの音楽教室があふれています。

しかし、その中には十分な実力も知識も持ち合わせない指導者が、プロを名乗り、平然と高い月謝を取っているケースが少なくありません。

​基礎も疎かなのに、型通りのレッスンで時間を浪費させる。

​本質を知らない指導者が、生徒さんの熱意を「商売道具」にしている。

​そんな現状を目の当たりにするたび、私たちは強い憤りを感じてきました。「そんな中途半端な指導でお金を取るくらいなら、私たちは最高の知識と技術を、無償で提供してやろうじゃないか」――。

​私たちが無料のフルート教室にこだわっているのは、趣味の延長だからではありません。それは、**未熟な有料教室に対する、私たちなりの「意地」と「プロとしてのプライド」**なのです。

​■「無料」だからこそ、一切の妥協なし。

​「無料だから、教え方も適当だろう」

もしそう思われているなら、ぜひ一度私たちのレッスンを覗いてみてください。

​私たちは、生徒さんの貴重な時間を預かっている責任を、どこよりも重く受け止めています。宗教の勧誘も、楽器の押し売りもありません。あるのは、**「本物の音楽を、正しく、楽しく伝えたい」**という、ちょっと頑固で、かなり熱い情熱だけです。

​■4月、新しい仲間を募集中です。

​1周年を迎え、これからもこの「無料という挑戦」を続けていきます。

名古屋・刈谷・半田周辺で、本気でフルートを楽しみたい方、今の指導に疑問を感じている方。私たちの門は、いつでも開いています。

​疑いながらで構いません。まずはその「真相」を確かめに、公民館へ遊びに来てください。